本音で語る恋愛マガジン

【小説】Vol.5 ものさし一本女は自分も他人も傷つける<前編>

男心を知らずして、恋愛につまづく女たち。

甘え下手な恵理子男を見くびったカナオ許しすぎる佐知子本心を見せない麻衣子ときて

今週は「ものさし一本女」編集の貴子の登場です。

  • <今週の男心を知った女子>
  • 編集者・貴子34歳。神保町にある出版社に入社して12年。ティーン向けのファッション雑誌に配属されたのち、8年前からアラサー向けファッション雑誌「Lily」に異動。今では現場で最年長となり、表紙を始め重要なページを任されている。役者兼モデルの隼人とは、撮影の”彼氏役”で出てもらったのをきっかけに仲良くなり交際。付き合って2年になる。

年下の男に癒され、自信をもらう貴子

【小説】vol.5 ものさし一本女は自分も他人も傷つける

土曜日の朝、今日は久しぶりのオフ。窓辺に座り、窓から差し込むやわらかな春の日差しを浴びながら、お気に入りのマリアージュフレールのハーブティを飲み、貴子は幸せな気分に浸っていた。大きな窓から代々木公園の緑が見渡せるこの景色が貴子は大好きだ。

30歳の時、親に頭金を出してもらって、35年ローンを組んで買った1LDK60平米のこのマンションは、一人で住むには十分な広さで、貴子の大事なお城だ。付き合って2年になる隼人も、今はここの住人だ。「二人で住む分にはこのくらいでいいけど、子供が生まれたら、やっぱりここじゃ狭いよね。そのときはここを貸して別のところに住めばいいか」と、予定のない未来に思いを馳せてみた。

甘え下手な貴子の「女」スイッチを押してくれる隼人

「おはよう〜」隼人が目をこすりながら起きてきた。着ているのは貴子と柄違いのラルフローレンのパジャマ。貴子がプレゼントしたものだ。たれ目で目が重たい隼人はもともと優しげな顔立ちだが、起きぬけの顔はさらに優しく甘やかな顔立ちになる。その顔は、実家で飼っていたゴールデンレトリーバーによく似ていて、とてもいとおしく、そして貴子を安心させる。付き合って2年になるというのに、未だに隼人の顔を見るとキュンとする。

「おはよう。朝ごはん食べる?」

「今日は二人とも休みだからもう少しごゴロゴロしようよ」後ろから抱きしめられ、とろけそうになった。男に甘えるのも甘えられるのも上手じゃない貴子は、男の前でなかなか可愛くなれない。けれど、隼人は、女なら誰しもが胸の奥に持っている「女になるスイッチ」をいとも簡単に探し当て押してくれる。隼人の前では貴子は、ずっとなりたかった”素直でかわいい女の子”になれる。

隼人に抱えられベッドに連れ戻された。

隼人と最初にセックスをした時、それまでのものとの違いに驚いた。好きな男と抱き合うのだから、それまでだって当然幸せだったし、それなりに気持ちいいとは思ってはいた。けれど、隼人としてみてわかった。あんなものは子供騙しに過ぎなかったと。最初に足を舐められた時、恥ずかしくて、やっ、と引っ込めたら「大丈夫。貴子さんの全部が好きだから」と優しく言われ、身を任せていたら、気持ち良さが波のように押し寄せてきた。足を舐めるなんて、そんなAVみたいなこと、変な趣味を持った男女がするものだと思っていた。けれど、違った。隼人ととは他にも様々な、それまでしたことのない行為をした。
隼人には「こうあるべき」がほとんどない。自分より6歳も年下だけれど、彼には全てを受け入れてくれる包容力があった。だから彼とのセックスでは、それまでどうしても捨て切れなかった羞恥心も自尊心もすべて消え去って、安心して身をまかせることができた。オーガズムを初めて知ったのも隼人が初めてだった。友達にそんなことを話したら「それって、好きっていうか、ただの色ボケなんじゃない?」と言われたことがあるが、本当のところは貴子にもわからない。

朝から、すっかり互いの汗と唾液と体液まみれになった。この気だるさが心地よかったが、せっかくのオフ、無駄に過ごしたくなくて、後ろから抱きかかえている隼人の腕をすり抜けてバスルームに行った。シャワーから出ると、隼人がお気に入りのハーブティを入れてくれていた。「俺もシャワー浴びるね。そしたら出かけよう。せっかくだから、なんか美味しいもの食べに行こうよ」

出かけるためメイクをしていると、シャワーから出てきた隼人が「貴子さんはすっぴんの方がかわいいんだからメイクなんかしなくていいのに」と笑った。他の男に、34歳になってシミが目立ち始めた自分のすっぴんにそんなことを言われたら「何の嫌味?」ってキレてしまうところだが、隼人に言われると、そうかなあ〜と素直に信じてしまう。女として自信を失いかけていた貴子に自信を取り戻させてくれたのも隼人だった。

男に頼り甲斐や経済力なんか求めない

「疲れてるから野菜がいっぱい食べたい! こないだ行ったところでいい?」「うん、いいよ」。食事の時、旅行に行く時、家の小物を買う時、提案するのはいつも貴子だ。そして、隼人はいつだって同意をしてくれる。「なんか頼りなくない?」という友人もいるが、行きたいところややりたいことが明確に決まっている貴子は、それに合わせてくれる男の方がずっと楽で心地よい。もっと若い頃は「男は頼れる方がいい」なんて風潮に流されて、引っ張ってくれる系の男と付き合ったこともあるが、とてもじゃないけど耐えられなくて、すぐに別れた。その後も、ちょっとでも「男たるもの」的な部分がある男とは、何かにつけ衝突をした。友達に話すと「そんなの吞みこんじゃねばいいのに」と言われることもあったが、納得いかないことをやり過ごすのが貴子には耐えられない。

【小説】vol.5 ものさし一本女は自分も他人も傷つける

家を出て歩いて代々木上原の「we are the farm」へ向かった。前は休みになると電車で二駅の表参道に出かけたりしたが、最近は、あの人ごみが苦手で、もっぱら散歩がてら代々木上原方面に足を延ばすのが二人の休日の過ごし方の定番となっている。春めいた土曜日、隼人と腕を組みながらブランチを食べに行く。なんてことないこんな時間がたまらなく幸せだった。

今年で34になる貴子はこれまでだって、人並みに恋愛はした。一緒に暮らした男も隼人が初めてではない。けれど、男友達に言わせると「男のプライドってやつを踏みにじりがち」な貴子は、付き合った男とよく衝突した。男との諍いに疲れ果て、孤独な夜に泣いた日々もあった。だからこそ、今のこの穏やかな幸せを手放したくない、と強く思っていた。

隼人は役者をしているが、仕事はあまりないので実際はモデルをしたり、週に3、4度友人のカフェでバイトしている。

仲良くなり始めた時、まわりのみんなには「金目当てなんじゃないの?」と言われたりしたし、最初は自分も警戒したが、付き合っていくうち、「いつも貴子さんが飯代出してくれるから、俺が今日は家でご飯作るよ」と作ってくれたり、誕生日前などは、とっぱらいの肉体労働をして現金を作り、ちょっとしたものをプレゼントしてくれたりする、そんな隼人の誠意に触れ「お金なんかなくたって幸せ」と本気で思っている。それに、自分は幸運なことに普通のOLよりもずっと稼いでいる。隼人がやりたい役者で食べていけるまで支えてあげられる余裕がある。

編集の仕事はとても忙しく過酷だが、やりがいがあって本当に楽しい。自分がやりたい仕事ができているからこそ、好きな男にもやりたいことを目指していてほしい。いわゆるサラリーマンと付き合うと、すぐに愚痴が始まる。「そんなに嫌ならやめちゃえばいいじゃん」と貴子にとってはしごく当然のことを口にすると、男は驚いたり、怒ったり、時には卑屈になったりした。彼らの気持ちがわからなくもないが、心底は理解できなかった。共感できなかった。やがて、別れを迎えた。「やっぱ、好きな仕事してる男とじゃないと私は一緒にいれないわ」これが貴子の出した結論だった。そして今は「好きなことで食べていこう」と頑張っている隼人と一緒にいる。

いろいろ失敗してきたからわかる。頼り甲斐よりも経済力よりも私に必要なものは何か。それは隼人がすべて持っている、ということを。

男に癒され、戦闘モードで仕事に向かう女

日曜日。本来なら休日だが、コーディネートチェックのため出社した。昨日1日隼人と過ごしたおかげで癒されたが、すっかり骨抜きになってしまった。「よし!」と、仕事モードにスイッチを入れ、編集部に入った。休日だというのに半分以上の社員がデスクにいた。
「おはよー」挨拶をして自分のデスクに行くと、スタイリスト太田奈緒子のスタイルブックとカードがおいてあった。「貴子さん、ご無沙汰してます。お元気ですか?初めてのスタイルブックができました。あの頃、Lilyで鍛えてもらったおかげです。いろいろ話したいんでまた飲みいきましょー!」。奈緒子は1年前まで貴子とよく組んで仕事をしたスタイリストだった。彼女がデビューした頃からずっと面倒を見て5年くらい仕事を一緒にした。泣かしたこともあったし、ケンカしたこともあったが、「いいものを作りたい」という思いが一緒で、結局はいいページができたと思う。最近は一つ年代が上の雑誌で看板を張りつつ、イベントに出たり、ブランドとコラボして服を作っていたりとますます活躍しているのは彼女のインスタで見て知っていた。

「奈緒子、本ありがとう。念願のスタイルブック出せたんだね! ずっと本出したいって言ってたもんね。これで野望がひとつ叶ったね! てか、何よりカードが嬉しすぎでしょー!! また飲みいこー。時間できたらそっこー連絡する」一緒に頑張ってきた仲間の活躍も嬉しかったが、そこについているカードが何より嬉しかった。最高に幸せな気持ちで奈緒子にLINEを送った。

正論だけを主張する貴子に思わぬ落とし穴が

「貴子さん、準備できました、チェックお願いします」詩織から内線が入り、コーディネートルームに向かった。詩織はデビュー半年のスタイリスト。編集長から「センスはいいからさ、育ててやってよ」と預かった子だ。

今日のテーマは1ヶ月コーディネート。限られた数の服の中で組み合わせを変え、「通勤」「デート」「女子会」などの予定に合わせ、コーディネートを組む、どの雑誌でもやっている人気の企画だ。

「今日は久しぶりのOOとのデート。たまにはいい女っぽさもアピールしとこうと、ピンヒールを履いた。ここに来るまで二回コケたことはOOには内緒w」なんて、妄想しながら予定を考えるのは編集・貴子の仕事だけれど、昔から漫画や小説、ドラマや映画を見るのが大好きで、妄想癖がある貴子にとっては、格好の仕事だ。

「じゃあ、5月1日のコーデから見せてもらおうかな」。詩織がアシスタントに手伝ってもらいながら、コーディネートを見せていく。

「ちょ、うちの読者、通勤にこの靴履かなくない?」「この季節、OLさんはノースリ一枚で会社いかないでしょー。はおりものつけてよー」「白いバッグはありだけど、これ、デートに持っていかないでしょ。もっと女の子っぽいのないの?」など次々にダメ出してしていく。

「はあ〜」。コーディネートチェックが終わって貴子は大きくため息をついた。「詩織さあ、これ精一杯やった結果?」「はい、そうですけど、、、」「絶対? だってさ、うちの読者のテーストを理解してたら、集めてこないでしょ?って服や小物はたくさんあるし、通勤ってシチュエーション考えたら、ありえないでしょ、ってコーデ組んでるしさ、これで最大限頑張ったとかいうの、意味わかんないわ」詩織はブスッとした顔で黙って聞いている。

「とにかく、これじゃ撮影できないから、明日1日、さっき言った足りないものリースして、コーデ組み直して」
「明日は別の撮影の打ち合わせとかいろいろ入ってて動けないから無理です」
「嘘でしょ?言ったよね?コーデチェックで足りないものがあるかもしれないから、前日は絶対空けといて、って。スケジュール管理するのも仕事だよ?詩織、意識低すぎだよ。とにかく、明日は調整して絶対リース行ってコーデ組み直して。明日の夜もう一回チェックするから」

 

誰かを怒るのは本当に疲れる。できることなら、楽しくコミュニケーションだけとって仕事していたい。けれど、妥協はできない。それに、そうしてあげることが詩織のためでもある。分かってはいるけど、やはり怒ったあとは心がどっと重くなった。「隼人にぎゅっとしてもらいたいなあ」編集部に戻り、別の原稿を書きながら隼人を恋しく思っていた。

仕事を終え、クタクタになって家に帰る途中、詩織からLINEが来た。

「明日はリースはやはりできないです。貴子さんの言っていることに応えられる自信もありません。今回はこの企画、下ろさせてください。Lilyは大好きだけど、もう、頑張れる自信も気力もありません。すみません」

ありえない!!!! 詩織からのLINEにパニックになり、速攻電話をしたが圏外になっていた。撮影は明後日。この段階でスタイリストを変える? そんなことありえない。どうしたらいいのだ。。。携帯を握りしめ途方にくれる貴子だった。

written by Yoshie Watanabe

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