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【小説】Vol.6 ものさし一本女は自分も他人も傷つける<中編>

 

  • 前回までのお話
  • 編集者・貴子34歳。神保町にある出版社に入社して12年。アラサー向けファッション雑誌「Lily」に配属になって8年。役者兼モデルの隼人とは、撮影の”彼氏役”で出てもらったのをきっかけに仲良くなり交際。付き合って2年になる。気が強く男を立てられないゆえ、いつも付き合う男と衝突してきた貴子は、経済的には頼りない隼人だったが、それまでの苦い経験を踏まえ、癒し系の隼人に「自分にはこういう男がいいんだ」と納得。結婚も視野に入れている。仕事では、現場最年長となり、表紙を始め重要なページを任されている。とにかく妥協を許さない仕事ぶりが評価され、貴子を慕うものも多い。しかし、そんな貴子ゆえ問題も多々起きる。駆け出しスタイリスト詩織のコーディネートチェックでダメ出しの嵐をし「もう貴子さんにはついていけません」と撮影前々日にして、仕事を降りると宣言され、ピンチに立たされている。

仕事に妥協ができないゆえ人を追い詰める貴子

撮影前々日のコーディネートチェック、詩織が組んだコーデに納得がいかず「明日1日追加でリースしてきてコーデを組み直して」と言い残し、コーディネートルームを去った。その直後にスタイリストの詩織からきたLINEは、あろうことか貴子に対する拒絶だった。

「明日はリースはやはりできないです。貴子さんの言っていることに応えられる自信もありません。今回はこの企画、下ろさせてください。Lilyは大好きだけど、もう、頑張れる自信も気力もありません。すみません」

はあ?? 撮影前々日に企画を放り出して逃げるだと?
そんなプロ意識のかけらもないことができる詩織に対し、怒りしか湧いてこなかった。すぐに電話をかけたが、直留守になっていた。「どういうこと? プロとしてありえないでしょ! 受けた仕事なんだから全うすべきじゃない? とにかく、連絡ください」とLINEをするも既読にすらならない。

休日出勤で疲れ切った日曜の深夜、自宅に向かうタクシーはもう近くまできていたが、運転手に「すみません、神保町まで戻ってください」と告げ、コーディネートルームに向かった。

コーディネートルームでは詩織のアシスタントの朋美が作業をしていた。詩織はもちろんいない。「詩織は?」朋美に尋ねるが「いえ、いらっしゃいません」と何の情報にもならない答えが返ってきた。「詩織なんか言ってた?」「いえ、特に。とにかく今日はもう帰るから、適当に片付けといて、と言われたので、片付けてます」

もし、このまま本当に詩織と連絡が取れなかったらどうするのだろう。時間とともに詩織への怒りが収まったら、「向き合わなくてはいけない現実」が見えてきた。撮影を今更リスケすることなど絶対にできない。かといって今からスタイリストを変えることも無理だ。そうかといって、この納得いかないコーデで撮影をするのも、貴子の仕事に対するプライドが許せない。となると、答えはひとつだった。

「朋美ちゃん、明日、なんか入ってる?」「いえ、明日は撮影準備の日でしたから」「そう。じゃあ、明日午前中、一緒にアポ入れ手伝って。で、私はそのままリースしてくるから、朋美ちゃんはそのまま準備してて。で、私がリース戻り次第、もう一回コーデ組み直そう。明後日と明々後日の撮影はもちろん、体空いてるよね?」「はい、もちろん。明日は何時に編集部にくればいいですか?」「プレスが空いてる時間だから10時かな」「わかりました」

ふと時計を見ると4時を回っていた。「私も帰るから、朋美ちゃんももう帰りな。あとは明日やろう。じゃ、明日10時に編集部ね」

下北沢に住む朋美と一緒にタクシーに乗り、貴子はマンションの前で降りた。「これ、払っといて。領収書明日くれればいいから」と朋美に5000円札を渡した。

隼人の前だけでは頑張らない貴子でいられる

部屋に帰るとあかりが付いていた。

「隼人こんな時間まで起きてたの? 寝てればいいのに」「貴子さん、大変なことがあったってLINEで言ってたから心配でさ。大丈夫?」非常事態を乗り越えなくては、と張り詰めていた気持ちが一気に緩んだ。「もう、疲れちゃったよ」隼人の胸に倒れこんだ。「お疲れさま」優しく抱きしめられ頭を撫でられた途端、涙があふれてきた。

仕事は楽しくてやりがいがあって大好きだ。けれど、現場で最年長だから、みんなを引っ張っていかないといけないというプレッシャーや下の見本になるいいページを作らなくてはいけないといけないというプレッシャーに、時折押し潰されそうになってしまうのも事実だった。今日みたいな日は特に。

経済力なんかなくたって、こんなに優しくて、自分を支え、癒してくれる隼人は、私の人生の最高のパートナーだ。それに、甘え下手で上手に女になれない私を、ちゃんと女にしてくれる男も隼人が初めてだ。

「隼人、結婚しようか」

貴子は思わず口にしていた。

「ありがとう。嬉しいよ。でも、それは俺の方から言いたかったから、やり直しさせて」

隼人へのいとおしさで胸がいっぱいになった。

妥協できない性格が自分の首を絞める

「貴子さん、もう起きないと遅刻しちゃうよ?」翌朝、隼人に起こされ、支度をして編集部に向かった。

「おはようございます」アシスタントの朋美はすでについていて、プレスのリストをチェックしていた。

「じゃ、手分けして電話しようか。私はこっちのページからかけていくから、朋美ちゃんは後半からよろしく」

「Lily編集部の松本です。探しているものがあるんですけど、プレスにありますか?」

次々とプレスに電話をする。探しているもののほとんどは見つかった。しかし、ピンクのスカートだけが見つからない。今春流行のピンクは、どこのプレスにかけても人気らしく、「お出かけしてしまっているんです〜」と言われてしまった。今あるベージュのスカートで代用できなくもないが、白やネイビー、カーキなどベーシックカラーのアイテムが多いだけに、ポイントとなるピンクでのスカートはやはり外せない。すると、携帯が鳴った。

「貴子さん? アルバースの池田です。先ほどお探ししてたピンクのスカート、今、他のスタイリストさんから1日早く返却がありました! まだご入り用でしたら、お使いになられるかなあ、と思ってお電話しました」

「池ちゃん、ほんと? 助かるー! 後でピックに行くからキープしといてもらっていい?」「もちろんです」

午後、タクシーに乗り、いくつかのプレスを回った。

「貴子さん御自らリースだなんてどうされたんですか?」好奇の目で聞いてくるプレスもいたが、「いや、詩織がさ、インフルでぶっ倒れちゃってさ」とごまかした。途中で仕事を投げ出すなんて、最低のことをした詩織は許せないが、悪い噂ほど広まるのが早いこの業界で、そんなことが知られたら、詩織は居場所をなくす。それだけは避けてあげたかった。

「とりあえず、私と朋美ちゃんで足りないものリースして明日の撮影に臨みます。とにかく一度連絡ください」と打ってはみるが、詩織のLINEは相変わらず既読にならない。

撮影当日、結局詩織は表れなかった。それを予想して、編集バイトの子に撮影の手伝いをお願いしておいた。ロケバスでバイトがモデルに着せ、朋美とともに現場に立った。

スタッフにも「詩織はインフルでー」を通した。スタッフはもしかしたら、本当のことを薄々気づいていたかもしれないが、みな大人だから、騙されたふりをしてくれた。モデルの麻衣子何も聞いてこなかった。他のモデルなら「まじ? ばっくれじゃなくて?」としつこく詮索されたりしたかもしれないが、麻衣子はそういうことは一切口にしない。正直「何考えてるかわかんないなあ、こいつ」と思うこともあるが、こんなときは、麻衣子のそんなところがありがたかった。

翌日になっても詩織から連絡はなかった。相変わらずLINEは既読にならない。朋美に連絡が入っている様子もない。本当に怒り心頭だが、今はとにかく撮影を無事終わらせるのが先決。撮影二日目もバイトと朋美の三人体制でなんとか乗り切った。

編集部に戻って、返却準備をした。本来ならそれは編集の仕事ではないが、朋美一人で終わる量ではないので、手伝った。結局朝までかかり、朋美は寝ずに迎えに来たロケバスに衣装を積んで返却に回った。

貴子は一回シャワーを浴びに自宅に戻った。考えてみれば、日曜日から今日までの4日でとれた睡眠時間は全部で5時間。20代の頃は3日徹夜もへっちゃらだったが、34歳の体にはこたえた。疲れ切った体を引きずるようにして帰ると、隼人がお風呂のお湯をためて待ってくれていた。

 

「体、大丈夫? お風呂はいったら少しは寝れるの?」「いや、無理。朝から編集会議だから」「そっか、何もしてあげられなくてごめんね。心配だけど、頑張って。貴子さん、落ち着いたら話したいことがあるから時間頂戴」「なにー、それ、まさか別れ話? やめてよねー、今のこのボロボロの状態で隼人にまでいなくなられたら、もう、私死んじゃうからー」「あはは。そんなわけないでしょ。いい話だから、楽しみにしてて」

隼人がためてくれたお風呂にお気に入りのアロマオイルを入れ、体を沈めた。

「髪の毛洗ってあげようか?」隼人がバスルームの扉を開けて言った。「嬉しいー。もう疲れすぎて頭洗うのもめんどくさーい」「おっけ。じゃあ、お湯に浸かったままでいいから、頭だけ出して」隼人に言われるがままにした。そして小さい頃父親にしてもらったように髪を洗ってもらった。この上なく幸せだ。隼人がいるから頑張れる。改めて、隼人の存在の大きさをかみしめていた。

お風呂から上がり支度をして編集部に向かった。

席に着くなり「メールみたけど、詩織ばっくれたってどういうこと? 大丈夫なの?」編集長に声をかけられた。
「大丈夫です。アシスタントの子となんとか乗り切りましたから」
「そう、ならいいんだけど。詩織センスいいし、育てたかったんだけどねえ。貴子、ガン詰めしたんじゃないの? ゆとり世代の子はメンタル弱いんだから、そこらへん気をつけないと」
「え、でも、当たり前のこと言っただけです、私」
「ま、いいや、とにかくよろしくね」そう言って編集長は自分の席に戻っていった。

私は当たり前のことを言っただけ。そのうえ尻拭いまでしたのに、褒められるどころか、編集長にそうたしなめられ、ものすごく納得がいかなかない気持ちになった。

貴子を思ってがゆえの隼人の決心に、、、

午後7時。まだやることはあったが、朝のことがあって、頑張る気になれず、隼人にLINEを入れた。
「今から帰れそうー。話あるって言ってたけど、今日は?」
「俺ももうすぐ終わるから先帰って、飯作って待ってるね。なんかリクエストある?」
「やったー!じゃあ、隼人特製オムライスで!」

「ただいまー」ドアを開けると、部屋中にいい匂いが立ち込めていた。ささくれ立っていた心が、おだやかになっていくのを感じた。

「おかえり。できてるから食べよう」「うん」

向かい合って、隼人が作ったふわふわオムライスを食べる。仕事の付き合いで一人数万円のイタリアンや寿司などに連れて行ってもらうが、このオムライスの方が何倍も美味しい。「何を食べるか、より誰と食べるかの方がずっと大事」だとつくづく思う。

ここ数日の出来事を隼人に話した。

「そっか、大変だったね。でも、編集長もわかってくれるよ、きっと」隼人から出てくる言葉は、正直無難なコメントばかりだったけれど、意見をされるよりずっといい。そもそも、女が何かを話すのは意見が欲しいのではなく、聞いてほしいだけのことのほうがずっと多いのだから。

食事を終え、ソファに移動して並んでハーブティを飲んだ。

「あ、私の話ばっかりしちゃった、ごめん。隼人話があるって」

「貴子さん」「うん?」

「俺と結婚してください」

まっすぐに目を見てそう言われて照れくさくなった。34年間ずっと夢見てきた瞬間だったが、いざ訪れてみると、なんとも気恥ずかしくなってしまった

「もう〜、ありがとう。いいのに、そんな律儀にー」と言うと同時に抱きしめられた。

「いや、ちゃんと俺から言いたかったんだ」

「隼人、、、」

「あと、俺、役者やめることにしたから」

「え、どういうこと?」隼人の腕を振り払った。

「こないだ、貴子さんが結婚しようって言ってくれたでしょ? 本当は俺から言うべき言葉なのに、自信がなくて言えないでいた。そしたら、貴子さんに言わせてしまった。で、あの時、決心がついたんだ。俺、役者やめてちゃんと働くよ」

「ちょっと待って、全然意味がわかんない」

「地元の先輩がこっちで不動産会社やってて、前々から誘ってくれてたんだ。頑張れば、大学出てない俺でも関係なく稼げる仕事だし、お前向いてるから来いって」

「ちょっと待って。何それ? 私と結婚するために、役者の夢を諦めるってこと? そんなこと私全然望んでないんだけど!」

「確かに役者で成功するのは夢だったけど、もう28だし、ここまでやって芽が出ないってことは向いてないと思うんだよね。それに、今の俺は役者で成功することより、貴子さんと幸せに暮らしていくことの方が大事だから。この先、結婚して、子供作ってさ。ちゃんと家庭を支えられる男になりたいんだよ」

「やっぱり諦めるんじゃん。それに、私、経済的に支えてほしいなんて、隼人にそんなこと全然頼んでない! 私は、役者を目指して頑張ってる隼人を応援するのが幸せだったし、私のために夢を諦めて、好きでもない仕事に就くなんて、そんなの全く嬉しくない!」

「貴子さんのせいで諦めたわけじゃないよ。俺にとって、今一番大事なのは、役者になることより、貴子さんと家庭を持つことだって思ったから自分で選んだんだ」

「でも、私がいなかったら、役者続けてたわけでしょ? それじゃ、一緒だよ」

重たい空気が流れた後、隼人が悲しそうな声でつぶやいた。

「貴子さん、喜んでくれると思ったのに」

 

隼人の気持ちは嬉しくなくはない。でも、自分のせいで誰かが夢を諦めるのなんて耐えられないし、好きな人だからこそ、夢を追っていてほしい。

その日は、仲直りすることができずに、隼人はソファで眠った。

翌朝起きると隼人はもういなかった。テーブルの上にはメモがおいてあった。

「俺は良かれと思って決めたことだったんだけど、貴子さんを怒らせる結果になってしまってごめんね。ちょっと頭冷やして考えます。しばらく友達んちに世話になります」

きっと、賢い女はここで「隼人ごめん、結婚しよう」って追いかけて仲直りするのだろう。しかし、いくらその方が賢い選択だとわかっていても、納得ができないことを選べるほど貴子は器用な女ではなかった。

written by  Yoshie Watanabe

 

 

 

 

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