「今の彼じゃないのかなあ」本音で語る恋愛マガジン

【小説】Vol.6 ものさし一本女は自分も他人も傷つける<後編>

  • 前回までのお話
  • 編集者・貴子34歳。神保町にある出版社に入社して12年。アラサー向けファッション雑誌「Lily」に配属になって8年。役者兼モデルの隼人とは、撮影の”彼氏役”で出てもらったのをきっかけに仲良くなり交際。付き合って2年になる。気が強く男を立てられないゆえ、いつも付き合う男と衝突してきた貴子は、経済的には頼りない隼人だったが、それまでの苦い経験を踏まえ、癒し系の隼人に「自分にはこういう男がいいんだ」と納得。結婚も視野に入れていた。そんな矢先、隼人から念願のプロポーズに喜ぶもつかの間「役者をやめてサラリーマンになる」という宣言に、納得がいかず、険悪なムードに。翌朝、隼人は同棲する貴子の部屋を出て行った。

男の愚痴を流せない貴子

「せっかくうまくいってたのになあ」

隼人がいないガランとした部屋で貴子は、ため息まじりにそうつぶやいた。

隼人からのプロポーズは本当に嬉しかった。けれど、彼の「役者をやめてサラリーマンになる」宣言がどうしても受け入れなかった。きっと、友人に話したら「むしろラッキーじゃん」くらいに言われるであろうこともわかってはいるが、自分が大好きな編集者という仕事をしている以上、パートナーにも好きな仕事をしていて欲しい。

かつて付き合った男たちは、関係が深くなると、決まって仕事の愚痴をこぼした。最初のうちは貴子も相槌を打ったり、聞いてることができるのだが、いつまでたってもその状況が変わらないと「てかさ、そんなに嫌ならやめちゃえば? やめないんだったら頑張りなよ。どっちかの選択しかないじゃん」とバッサリ切った。そして、たいていの男たちは「貴子にはわかんないんだよ」と言い、やがて関係は悪化し別れた。貴子にしてみれば、解決しない愚痴を言っていることの方が何倍も理解できなった。

欲しいものがあるなら努力をして手に入れる、最大限努力しても手に入れられないものは諦める。貴子はそうやって34年間生きてきたし、それで後悔したことなどない。

隼人は、先輩の経営する不動産屋に就職するなどと言っていたが、それが隼人にとってベストな選択とはとても思えなかった。愛想のいい隼人のことだから、確かに営業には向いているかもしれない。けれど、かつての恋人たちがそうだったように、いずれ隼人も、好きでもない仕事についたら、愚痴をこぼし出す。そして貴子はいつものように、そんな隼人にうんざりして、そして関係は壊れていくのは目に見えている。「貴子さんと結婚したかったから、役者を諦めたのに」とか恨みがましく言われるかもしれないと想像したら、おぞましくて身震いがした。

とはいえ、毎日隼人と過ごしたこの部屋に一人でいるのは、さみしくてたまらなかった。男とうまくいっていない時ほど、やりがいなる仕事につけていることを感謝することはない。

「さ、今日もお仕事頑張るよー」そう自分を鼓舞し、貴子は支度をしてタイアップの打ち合わせに向かった。

 

相手のためを思って強く出る貴子だったが

貴子が「アルバース」のタイアップを担当してもう4年になる。雑誌への広告掲載が減っている昨今、年に8回、10ページづつの大型タイアップを入れてくれるアルバースは、Lilyにとって最も大切なクライアントのひとつだ。
だから、貴子もここのタイアップはいつも以上に気合を入れて臨む。その甲斐あって「Lilyさんに掲載されたものは、毎回完売しますよ」と喜ばれている。どのモデルに服を着せ、どんなヘアメイクを施し、どんなロケ場所で撮影し、モデルにどんなポージングしたらその服が一番素敵に見えるか、そしてあがってきた写真に対し、どんなキャチコピーをつけたら、読者に欲しいと思ってもらえるか、考え抜いて作ったページが評価されるというのは、ファッション編集者として最高の喜びだと思う。

「よろしくお願いしまーす」

編集部サイドは貴子とスタイリストのカナオ、そして広告部の江藤の3人、アルバース側はブランドマネージャー、MD、デザイナー、そしてプレスの池ちゃんの4人が席に着いた。

池田には、こないだの撮影で助けてもらった。「池ちゃん、こないだはほんとありがとうね! おかげで助かったわー」「いえいえ、貴子さんのお役に立てて何よりです。それに、こちらこそ、使っていただいて本当ありがとうございます」池ちゃんは本当にいい子だ。

「じゃ、始めましょうかねー。今月も10ページ頂戴してありがとうございます」広告部の江藤が口火を切った。

「こちらが5月号に掲載したい商品です。まずご覧いただけますか?」プレスアシスタントがラックを持ってきた。

「いつもよりかなりカラフルですね」貴子が言うと、アルバースのブランドマネージャーの高野が

「そう、あえてそうしたんだよ。ちょっとお客さんの年齢層が上がっちゃってるから、もう少し下を狙っていきたいなって思ってさ。だから、モデルもいつもの麻衣子ちゃんじゃなく、最近、入った早希ちゃんにお願いしたいと思ってて。ほら、彼女、元アイドルだから、人気あるだろうし、今までと違う客層が狙えそうじゃん?」と言い出した。

この服を早希が着る? ありえない。早希が着たら、まるでアイドルの衣装みたいになってしまって、絶対にうちの読者に受けない。ここは阻止しなくては。

「いやいや、モデルは麻衣子の方がいいと思います。早希はまだまだ動けないし、早希がこの服を着ると、逆に若すぎちゃって、うちの読者に受け入れられないですよ。早希が着ると、このカラフルさが安っぽく見えちゃう危険もあるし。麻衣子なら、このカラフルな色も品よく着こなせるから、麻衣子のままでいくのがいいですよ、絶対」アルバースのためを思って貴子は必死で説明した。しかし高野は
「うーん、、でも、早希ちゃん使ってみたいんだよねー。それに麻衣子ちゃん、最近どうなの? ちょっと人気落ちてんじゃない? 前回のタイアップも2点完売しなかったアイテムあったんだよね」と言い出した。

服が売れないこのご時世、タイアップに出した20点のアイテムのうち、18点も完売したら万々歳だろう、と思ったし、そもそも完売しなかった、と言っているアイテムは、コーディネートチェックの時から「うっわー、これ厳しいなあ」と思っていたアイテムで、それを見越して「他の商品にしませんか?」と貴子は言ったのに「これ出したいんだよね」と突っぱねて商品決定したのは高野だ。それをこちらのせいにするなんて、ありえない。

広告部の江藤もカナオも黙っている。ここでまた高野の意見を飲んでモデルを早希にしたら、売れないのは見えている。また文句を言われるのも嫌だし、貴子のプライドとして自分が手がけたタイアップが評判が悪いというのは許せない、何としても阻止しなくては。

「早希に着せて売れたブランド見たことないです。絶対麻衣子の方がいいですよ」きっぱりと言った。

高野は黙り、空気は重く淀んだ。慌てた広告部の江藤が「まあ、モデルはもうちょっと考えるとして、スタイリング組んできましょうか、カナオさんお願いします」と場を仕切った。

カナオがコーディネートを組み、それを写真に収め、コンテとモデル提案はまた次回ということになった。

「よかれ」が裏目にでる

「貴子、ちょっといい?」編集部に戻るなり編集長に呼ばれた。

「今日さ、タイアップの打ち合わせだったでしょ? アルバースがさ、タイアップ今回は見送りたいっていってきたんだよね」

「え、なんでですか?」

「なんでか、わからないの? あなた、打ち合わせでなんていった? 早希で売れた服は見たことない、とか言ったんだって? ありえないでしょ、そんなうちのマイナスになるようなことわざわざ言うなんてさ」

「すみません。でも、実際、そうじゃないですか? ”前回のタイアップで全てが完売にならなかった”ってクレーム出てるのに、さらにクレームが出ること最初からわかっててそれを受け入れるなんて、アルバースのためによくないじゃないですか?」

「それはあなたの考えね。クライアントが早希でやりたいって言ってるんだったら、いかに早希で売れるかを考え抜いて努力するのが編集者なんじゃないの?」

「そうですけど、、」

「こないだの詩織ばっくれの件もそうだけど、あなたは良かれと思ってやってることが、相手を追い詰めたり、傷つけたり、不快にすることがあるってこと。人にはそれぞれ価値観ってもんがあるんだから、全部自分と同じ価値観だと思って、それを押し付けるのは違うんじゃない? 私はね、怒ってるんじゃなくて、わかってほしいの。貴子、もったいないよ。すごく仕事頑張るし、優秀だし、いいやつなのに、ずっとそんな風にしてたら、損するよ。とにかく、私も一緒に行くからさ、途中で菓子折り買ってさ、今からアルバース行って、謝ってこよう。で、早希で必ず売れるよう、頑張ります、って言いな」

編集長にそう言われ、落ち込みつつも、アルバースに向かった。

隼人への恋しさが募る貴子だったが

アルバースでは、編集長と広告部の部長とともに平謝りに謝ったおかげか、タイアップ中止は免れた。けれど、編集長にあれだけ言われたこともあり、落ち込んだ気持ちはそう簡単には戻らなかった。隼人が家にいたら「大変だったね」って抱きしめてもらえたのに。そう思うと隼人への恋しさが募った。そんな時に限って「今は篤の家に居候させてもらってるよ。貴子さんは元気にしてるかなあ?」なんてLINEが隼人から来た。「会いたい。今すぐ帰ってきて」と打ちかけたが、今会っても何も変わらないことに気づき、「うん元気だよ。篤くんによろしくねー」とだけ打った。

その週の金曜日、仲良しのライター英理子に「貴子さん飲み行きましょうよ〜」と誘われ、六本木のR2に出かけた。

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「あれ? 貴子じゃない?」カウンターで男に声をかけられた。

隼人と出会う前、合コンに精を出してた頃、知り合ったIT会社社長の西野だった。

「久しぶりー!」「久しぶりじゃねえよ、男が出来てからすっかりご無沙汰になっちゃってさ。そんな貴子が、R2にいるってこと、さては男と別れたか?」。

確かにこの店はナンパスポットとして有名な店ではあるが、今日はどちらかといえば、英理子と大騒ぎして飲みたかっただけなのだが。「えー、流れで来ただけだよ」「じゃあ、イケメン年下君とはうまくいってんだ?」そう聞かれ、隼人とのことをざっくり話した。

「そもそもさ、そんな貧乏な男と付き合ってるから、そんなことになるんだよ。やっぱ、自分と同じレベルの男と付き合わないと」西野にそう言われてムカついたが、ほんの少しだけ、当たってるかもな、と思った。

「近いうちまたお食事会しようよ。貴子におすすめのハイスペメンズそろえるから、貴子もモデルちゃんとか連れてきてよ」。まあ、実際どうなるかはおいといて、隼人と付き合い始めてから、隼人以外の男友達とも疎遠になってたし、気を紛らわせるにはいいかもしれない。「いいけど、西野さん以外は独身じゃなきゃやだからねー」「おっけ、おっけ」西野とは連絡を取り合う約束をして、その場は別れた。

またしても言われた「価値観はひとつじゃない」

西野と再会してから翌々週の金曜日、お食事会に出席するべく貴子は「appia」にいた。モデルを連れてこいという西野のリクエストにこたえて麻衣子とルミ、そしてライターの英理子を呼んだ。

男性陣も4人。独身でとオーダーしたにもかかわらず、西野以外にもうひとり既婚者がいた。独身はふたり。テレビ局でディレクターをしているという男とイベント制作会社を経営しているという男だった。

appiaの食事は、相変わらずおいしかったが、会はとにかく退屈だった。男達がどうの、というより、自分の気持ちが全く盛り上がらない。

そうだった。気を紛らわすために、なんて開いた会だったけれど、好きな男がいるときは、他の男に会えば会うほど、むしろ、好きな男が恋しくなってしまうのだった。隼人とうまくいっている時間が長すぎてすっかり平和ボケしていた、ということに貴子は苦笑した。

appiaの後、すぐにでも帰りたかったのだが、男どもは二件目に行く気満々だし、麻衣子は帰ってしまったが、ルミと英理子もまんざらでもなさそうだ。ここで帰ってしまっては幹事として無責任というものだ。仕方なく二件目も付き合った。

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ハイアットのオークドアに着くと、西野が「どう? 楽しんでる?」と声をかけてきた。
「まあね」と答えると「相変わらず嘘のつけないやつだな。ま、そこがお前のいいとこなんだろうけどさ」と笑いながら言われた。「なによ、それ?」とムキになってこたえると「良くも悪くも正直者すぎるっていうの。もちろん、いいことなんだけどさ、それじゃ、お前も周りも疲れちゃうよ」西野が言うと佐々木も乗っかってきた。「そうそう、貴子ちゃんはいい子なんだろうけど、そんな頑張ってたら、周りはやれやれってなっちゃうよ? さっきもさ、女の子達のために良かれと思ってメニュー決めたのはわかるんだけど、あんなのは男に任せてればいんだって。その方が男は気分良くいられるんだしさ。貴子ちゃんが良かれと思ってやってることなのに、逆に貴子ちゃんが損しちゃったりするよ?」「そうそう、なんつうかさあ、貴子はモノサシ一本なんだよね。それ以外は認めないとこあんだろ? でも、世の中いろんなモノサシのやつがいるかさ」

西野と佐々木に言われた言葉が、こないだ編集長に言われた言葉と重なって、どうしようもなく苦しくなり、気づいたら頬が涙を伝っていた。

「おいおい、泣くことじゃないだろ? 俺はさ、貴子のことが好きだから、応援してやりたくて言ってんの」

「だって、だって」何かを言おうとするも言葉にならなかった。

「とにかくさ、人にはいろんなやつがいるんだからさ、お前の考えがすべて正解じゃないの。お前がこないだ愚痴ってた、年下貧乏彼氏もさ、良かれと思ってリーマンになるって言いだしたんだから、応援してやりゃいいんだよ」

そう言われムッとして「貧乏彼氏とか言わないでよー」としゃくりあげながらいうと、一同がどっと笑った。

ようやく気付けた「モノサシは一本じゃない」

帰りのタクシーの中、隼人に電話した。

「もしもし?」

「あ、貴子さん、元気? どうしたの?」

「会いたいの。今どこにいるの?」

「今、篤んちだけど、どこいけばいい?」

「うちにきて。私もう着くから」

「わかった」

「篤くんちにある荷物全部持って、篤くんにお世話になりました、って言って出てきてよ?」

サラリーマンを頑張る隼人と一緒に生きていこう。時には隼人から愚痴も出るかもしれないが、それも時々なら許してあげよう。そう心に決める貴子だった。

written by Yoshie Watanabe

 

 

 

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